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鹿児島家庭裁判所 昭和43年(家)726号 審判 1968年11月18日

申立人 松永フミ子(仮名)

相手方 松永俊夫(仮名)

主文

相手方は、申立人に対し婚姻費用の分担として昭和四三年一一月から双方の婚姻解消又は同居に至るまで毎月金二五、〇〇〇円を毎月末日限り送金して支払え。

理由

(一)  申立人は、主文同旨の審判を求めた。

(二)  当庁家庭裁判所調査官岩崎正一作成の調査報告書、申立人、相手方及び申立外本間みゆき各審問の結果並びに関係戸籍謄本を総合すると次の事実が認められる。申立人は、昭和二六年一〇月一日、当時奄美大島近海航路の貨客船の船員であつた相手方と結婚し、昭和二七年一月二二日長女ゆみ子、昭和三〇年三月二日二女愛子、昭和三五年一月七日長男年男をもうけた。そのころまで、夫婦間には、格別風波はなかつたが、昭和三六年一〇月相手方が○○○△△間航路の第一〇〇丸(一四六トン)船長となつてからは殆んど帰宅しなくなつたのみか仕送りもとぎれがちとなり、昭和四〇年以降は全く跡絶えるに至つた。相手方がこのように申立人等家族の生活を棄てて顧みないようになつたのは、当時相手方は、終戦当時佐世保で知り合つた申立外本間みゆき(当三七歳)と鹿児島市○○町の屋台でめぐりあい、同女との旧交が復活し、肩書住所地において同棲生活を始めたためであり、相手方は、現在広島県安芸郡○○町○○○○番地大島幸一所有船舶の船長であるが、年間二五日程度の休暇下船の際は、前記本間みゆきのもとに帰えるのを常とし、申立人等家族を尋ねることはもとより一片の音信すら絶つている実情である。しかして、相手方は、本件申立に対してかえつて離婚と子の引取を主張し、申立人との同居ないし婚姻費用の分担に応ずる意思は全くない。上記認定事実によると、申立人等夫婦の婚姻関係はすでに破綻にひんしているとみるほかはないが、このような破綻をみちびいた原因が相手方の不貞行為と悪意の遺棄によるものであることは明白である。そうすると、自から破綻の原因を作つた相手方が申立人の意思に反して離婚の請求をなしえないことはいうまでもないから、双方間に離婚の合意が成立しない以上、相手方及び申立人は、夫婦として各自の資力に応じて、生活を維持するために必要な費用及び未成熟子を養育するに必要な費用を分担すべき義務を負うものといわなければならない。

(三)  そこで、双方の婚姻費用分担額について判断する。

(イ)  まず、前掲証拠によると、(a)相手方は、船長として月額七五、〇〇〇円の収入があるが、そのうち六〇、〇〇〇円を前記本間みゆきにあてて送金していること、もつとも、この送金は本間みゆきが屋台飲食店を経営して月額二~三〇、〇〇〇円程度の収入をあげているため、同女の生活費としてではなく、相手方が船舶職員海技試験受験のため昭和四二年三月退職下船し、同年一一月上記試験に合格して就職するまでの生活費、講習受験料として高利貸から借りた一〇〇万円余の元利金の返済に充てるためであること、(b)一方、申立人は、長女ゆみ子(一六歳、県立○○高校生)、二女愛子(一三歳、中学生)、長男年男(八歳、小学生)を養育しているが、機織の下請などにより月額九、〇〇〇円程度の収入をえているにすぎないため、生活費の不足分は、実弟等の援助を受け辛うじて生活している実情であることが認められる。

(ロ)  上記認定事実によると、相手方から申立人に対し婚姻費用を支払うべき関係にあること多言を要しない。ところで、相手方は、本間みゆきに対する送金の殆どが利息の支払に充当され、元本債務は少しも減少していない実情であるから申立人に対し生活費を送る余裕は全くない旨主張しているけれども、かりに相手方主張の事実をそのまま肯定すれば、相手方の支払う利息は、相当高率となるはずであり、利息制限法の制限をこえる利息が支払われていることは明らかであつて、その超過分は法律上無効というべきであるから、相手方がこのような高率の利息の支払に追われているという事実を前提として婚姻費用分担額を算定することは許されない(若し、これを認めれば相手方の分担額は皆無となろう)。けだし、本件の如き未成熟子を含む家庭生活の健全な維持存続という社会的利益は、その実現のため法律が強い関心を示す事柄であつて、法律が助力を与えていない不当な金融取引の前に途を譲らなければならない理由は毫も存しないからである。

(ハ)  ところで、本件において婚姻費用支払義務を負う相手方は、海上勤務という特殊な生活様式を常態とする船員であること及び利息が法律の制限内において支払われるとしても、ともかく多額の債務を負担しているのは事実であり幾何をもつて毎月の妥当な弁済額とするかを容易に算定し難いことなどの事情を考慮すると、相手方が申立人に対して支払うべき婚姻費用の額は、当事者双方の総収入を基礎とし綜合消費単位により家族構成員の生活費を按分するいわゆる労研方式を用いて算定するのは適当でないから、本件においては、いちおう申立人側における最低の生活需要を基礎として定めるほかはない。そこで昭和四三年一〇月一日改訂の厚生省生活保護基準額表により申立人家族につき生活保護費相当額を求めると、別表記載のとおり二六、三八〇円となるが、これに生活保護費に算入を認められていない長女ゆみ子の高等学校通学費概算五、〇〇〇円及び二女愛子、長男年男両名の小中学校における給食費、通学費、教材費、PTA会費等合計概算二、〇〇〇円を加算すると、申立人家族の現在の生活需要をまかなうに足りる最低限度の費用は、三三、三八〇円であるから、これから申立人の平均月収九、〇〇〇円を控除すると、相手方が申立人等家族のために分担すべき金額は、計算上月額二四、三八〇円となる。しかしながら、前掲証拠によれば、相手方は、申立人方に一六~一八万円の負債を残し、申立人において少しつづ返済してきたがそれでもなお四五、〇〇〇円の未済があつて、その処置に窮していることが認められるから、これらの事情を綜合すると、婚姻費用の分担として、月額二五、〇〇〇円の支払を求める申立人の申立ては妥当なものとして、すべてこれを認容すべきである。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 橋本享典)

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